no title

皆、誰かの何かに成りたいんだと思う。
その「誰か」がたくさんの人の場合もあるだろうし、
「誰か」がたった一人の場合や、もしかしたら
自分自身って人だっているかもしれないけど。

だから、その「何か」には、それを尊く思ったり、
愛しく思ったり、憧憬の念を抱く「誰か」の存在が依りそうし、
「何かになろうとしている」人に対して共感や期待が生まれると、
その人が何かになる前に「誰か」が現れたりするんだよね、きっと。

(早々とビールを飲みながら、土曜日の夕方に思う。)